目的と手段、個人崇拝と自律

即時脱原発、被災地の棄民政策、TPPへの参加問題などの国難を打開するには、もはや人任せではどうにもならない。国民それぞれが自律的に自身の目で見て、頭で考え、可能な行動を起こすことでしか解決はしない。原発問題に関しては国民の8割が拒否するなかで、市井の一般の人々が脱原発運動になんらかの形で関わるようになっているのは先にこのブログでも触れたし、国民運動への広がりを見せていることは絶望的な現在の世の中で少ない希望である。

 ところが一部にみられる残念な現象をここで敢えて指摘しなければならない。中央(都内各地や都市部)での各種運動(デモ、集会、座り込み、勉強会など)に積極的に義憤と責任を感じて参加する方々が自身の住まう地元では国政、県政、区政などに対していかなる活動もしていない場合がある。これは、厳しい言い方をするならば本末転倒であり、選挙民、市民としての責務を果たしていることにならない。行政、議会に対してはもちろん、選挙民として選挙区の代議士に対して積極的に注文、要請、応援などをしなければ、議会制民主主義は成り立たないことを認識する必要がある。

また、国政にたずさわる政治家を選挙民でもない国民が個人崇拝するが如く信奉する例も実際には目にすることがあり、政治家ひとりはあくまでも手段であり、目的ではない事を理解して置かない、といつまでたっても自律的に物を考え自立した国民、市民が自ら共同体、地域、国作りをする成熟した社会には我が国はならないのである。未来に向けて全うな社会を作り、子孫に残す責務が我々にはあることを認識される全ての人々に、是非地元での積極的な活動をお願いするところである。

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コメント: 4
  • #1

    稲井邦利 (月曜日, 14 11月 2011 16:51)

    その通り、矢野さんの考えに賛同して、千葉5区地元国会議員の国政報告会などに参加しています。又、浦安市地元ママさんたちが立ち上げた放射線量を測る「シロツメクサの会」会員です。矢野さんには申し訳ないけど、未だ小沢一郎支持者です。

  • #2

    矢野健一郎 (月曜日, 14 11月 2011 17:00)

    いや、私も支持者ではあります。ただし、政局は素人には分からない話しでも、この国難にもっと自身の理念や考えを発信しなければ、過去の人になってしまう、そう感じています。

  • #3

    岡本啓一 (日曜日, 22 1月 2012 02:51)

    矢野さん、お久しぶりです。
    いろいろありまして最近はデモ等もご無沙汰しております。

    さて、地元(選挙区)での活動を疎かにしている気来があるという部分には痛く感銘します。
    もちろんデモやその他国民としての意思表示は重要なのですが、やはり議会制民主主義の中にあっては地元の議員に働きかけるという事は疎かにすべきでは無いと思っています。
    「しかしうちの議員は…」という方もいますが、地元議員に対してはその議員を支持しようがしまいが、同じだと思います。指示政党も関係ありません。
    むしろ指示出来ない議員に対して「次は議席無いよ」くらいの事を思わせなければ。
    多くの場合にはやはり支持派の市民が来ます。しかしその中で「おかしいんじゃ無いの?」という、アンチテーゼを投げかけてあげる事も優しさかと。
    表現は悪いですが、彼らも所詮人気商売です。無下には扱えません。

    「あの人」に対する私に考えですが、私は今現在を考える場合に政治家として最良の選択だと思っています。ただ人間ですから細部に渡って同じと言うわけではありません。今この時点で論議すべきで無い枝葉の部分では意を異にする部分もあります。それが表面化し、妥協出来る範囲を超えたなら勿論反旗を翻す所存です(^^)

  • #4

    矢野健一郎 (木曜日, 16 2月 2012 03:32)

    岡本さん。コメント有難うございます。枝野大臣への事務所へのロビー。流石でしたね。
    また、街路で会いませう。

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